コブラのポーズ

2010年11月15日22:46



「言行一致」
言っていることと行なっていることを一致させる

とても大切で当たり前のことのはずですが、私たちはこれができずにいる場面がとても多いです。

なぜできずにいるのか。
それはその背景に打算や要求の心があるからなのです。

「こうしたい」「こうしてほしい」「こうでなければならない」などと思う気持ちが強ければ強いほど、それが満たされなかった時の心は荒んだ醜いものとなり、何とか欲求を満たしたいと嘘や偽りが出やすくなってしまいます。
この嘘や偽りというものが、私たちを言行一致から遠ざけてしまうのです。

何かを求めることは決して悪いことではありません。
でもそれが自分のためだけの欲求だと嘘や偽りが増えていってしまうのです。

ヨガポーズを行なう時は、「自分の内在力を高め、周囲にも良い影響を与えたい」と求め行じられると良いでしょう。

コブラのポーズを苦手とされるかたは多いと思いますが、安定して行なえる自分になれたら世の中が良い方向へ動き出すきっかけになる可能性があるのです。ぜひ、前向きに練習を続けて下さい。



現代社会は、他への思いやりが欠如しがちです。
他を思いやる気持ちがあっても、悲しいかなその行動をとるかどうかを損得勘定の秤に掛けてしまいやすいのが実情のように思います。

無条件に他を思いやることができる自分になるのはとても難しいですが、出来ないといって終わらず、そこに近づこうと意識し行動することこそが大切なのだと思います。

自分だけが良ければという心ではなく全体が良くなるようにという心を持ち、嘘や偽りが不要な自分を共に創っていきましょう。
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魚のポーズ

2010年06月13日13:07

sakana


このポーズに出会った時、ヨガポーズは髪を乱さないようにやろうなんて考えていてはいかんなと思いました。

以前の私は、頭頂部を地につけるポーズの存在を知らなかったため、「髪ぐちゃぐちゃになるなぁ・・・」という嫌悪と、そのポーズの特性から頸椎への負担も心配になったものでした。

しかし、実際に行なってみると、そんな心配などは私にとって無意味でどうでもよいことだったと気付かされました。


私たちは、過去の経験や得た知識から様々な事を予測し、今ある現実にそれらを活かし過ごしています。

ただ、そのことが、かえって自らの心に迷いや不安を抱えさせ、まずは頭の中で処理しようとしてしまい、今行わなければならないことから自身を遠ざけてしまっているところが多くあると感じます。


考えても判らないこと
考えてもどうにもならないこと

たくさん、たくさん、たくさんあります。



自身がやれることをとにかく精一杯行ない、それでもなお判らない時は全てを自然にまかせてしまう。

さぼっているような、投げ出してラクをしてしまっているような・・・
そんな罪悪感を覚えるかも知れません。
かつての私は、まさにそうでした。

でもこれは、自然(神)に従うという積極的姿勢であるということを知りました。


人事を尽くして天命を待つ


頭で考えることから始めるのではなく、
まずやるべき事に全力を尽くし、あとは自然にまかせるのみです。

できるかどうかの思案に終始せず、とにかく自分で真実を確かめるために行動してみることが大切です。
時には勇気や重大な決意を要するかもしれません。

しかし、行じて真実を体験しなければ正しく天命もくだらないものなのでしょう。

ヨガという生き方、
それは唯々、ひとつひとつの場面において身をもって真剣に経験する姿勢を貫くことです。

すきのポーズ

2010年04月18日11:10

suki

以前は、ごくたまにですが休日に限って偏頭痛に襲われることのある私でした。

この症状の時、しゃがんで頭を垂れると首の後ろがもの凄く張り、とてもじゃないけどすぐほぐれるような状態ではありませんでした。


薬に対して違和感がなければ「頭が痛いから頭痛薬を飲む」という流れになっていたのでしょうが、私はもともと薬への嫌悪や医者に頼りたくないという意固地なとこがあり、そのうえ金欠貧症というのも相まって、自然治癒力でなんとかすることしか道はありませんでした。


そんな頃この「すきのポーズ」と出会ったのです。
行なってみるとやはり予想通り、首の後ろが伸びにくただただ苦しいだけでしかなく、呼吸も乱れまくりでした。


首の後ろがかなり凝っている時にいきなりすきのポーズを行なうものではないことを身をもって確認することができた瞬間です。


その後私が行なったことは、自分の生活を振り返り、首の凝りが何から来ているのかを感じ、過度に負担となっている日常動作は減らしつつ首の周囲やその関連部位にちょうど良いと感じる緊張と弛緩を与えていく、そんなことを日々の中で実践していくと、やがてすきのポーズが楽に安定して行なえるようになり、偏頭痛もいつの間にか起こらなくなっていました。



人間を含む動物には本来、病気や苦痛を治す内在力がきちんと備わっています。

そのことを忘れ、薬や他者に頼ることで症状から逃れる習慣をつけてしまっていると、もしその頼りが無くなったときどうなってしまうのでしょう?

そうです、自分自身の苦しみが増すだけなのです。


これがなくては生きていけないというものが多くなればなるほど私たちは不自由になるのです。


物への執着、他者への執着。
気づけば多くなりがちです。

また、自身の持つ執着に気付いてもなかなか手放す決意が出来ないのも現実です。


ヨガには、増えがちな執着から自身を解放するための訓練が含まれています。
だからこそ、現社会は、ヨガに惹かれる傾向にあるのでしょう。


自身と関わりある物や他者が無くなっても平気でいられる自分を築く訓練を意図的に誰もが行なわなくてはならない時代であることを強く感じています。

バッタのポーズ

2009年10月04日10:56

batta

「こりゃ、お尻が引き締まりそうや!!」

というのがこのポーズを初めて体験した時の感想でした。


それまで、うつ伏せの体勢から身体背面を活性させる動作は上体を起こす方法しか私の頭の中になかったため、このポーズに出会ってからは妙に気に入ってしまい頻繁に取り入れるようになってしまいました。

なんとかの一つ覚え・・・ってやつです。

定期的に行なうようにした結果、腰背部・腹部の力が充実するようになり、姿勢も良くなっていきました。
他のポーズも並行して取り入れていたので、このポーズのみでの成果ではありませんが、期待感のあったお尻の引き締まりも見られました。




現代の日常生活には身体背面を活性させる動作がとても少ないです。
不活性のまま放置されたところはどんどん硬くなり、血行不良が起こり凝りや痛みが生じやすくなります。

更にそのまま放置してしまうと、感覚が麻痺して心身の不具合に気付きにくくなり、再び症状を感じた時には重症化してしまっていて回復するのに相当な労力や時間を要することとなります。

日々の中で、身体をほどよく満遍なく活性させる意識を持ち実行することで、安定した健康状態を保つことができます。
そして、そういった積み重ねの上に安定した人生が成り立ってくるものなのだ・・・と感じています。

プロフィール

福島のぞみ

Author:福島のぞみ
・健康運動指導士
・介護予防運動指導員
・龍村ヨガ研究所指導者養成講座第8期卒業

「自分の健康は自分で守る」
この意識向上を現代社会に広めなければと活動中

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